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夕闇のトゼン草
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格差社会に関する私見
久しぶりに私見。 で、題材は「日本は本当に格差社会になりつつあるのか?」

まず、はっきりさせておくと、私は格差社会になりつつあるってのは嘘だと思っている。

で、その理由。

一定数の金持ちというのは、どの時代や地域にも存在する。
それは江戸時代の高利貸しから、地主、成金、財閥、或いは貴族から、共産主義国家における共産党、ゲリラや反政府勢力の長という特権階級なんてのも含めて古今東西いるわけだ。

日本は、格差の無い社会だといわれてきたが、そういわれていた時代だって金持ちは存在した。ややこしいが、日本に格差の無いと言われた時代でも、格差は確実に存在していた。それこそ、戦後の復興期のような大半の人間がどん底にいた時代ですら、大きな屋敷に住む金持ちは存在したわけだ。

ここでもう1つ考えたいのは、日本にはもともと金銭を蔑む風潮があるということ。この辺りは、武士道の考えから来たのか、それとも宵越しの銭は持たないという職人気質の江戸っ子から来たのかは私はわからない。それらが行き過ぎて、正当な方法で金儲けをしても、成金と蔑まれた人も存在した。別に俗に成金趣味と呼ばれるような行動をしなくてもだ。ともかく、そういった風潮があるために、外国のように金持ちが表立って活動するなんてことが、日本には無かった。

この金を蔑む風潮が良いことか悪いことかはわからない。
これが突き詰められていくと、江戸中期以後のような誤った経済政策になる可能性もありますからね。

で、それらの精神や認識が打破される頃、それはバブル期における金満主義、物質主義に人々がなびいていく時でさえ、めざしの土光こと、土光敏夫のような人間がテレビに登場し、そういった社会風潮に衝撃を与えたわけだ。それはあくまで土光という人間だけの例かもしれないが、金持ちの集団(?)である経団連の会長でもそういう生活をしているんだという認識を持たせたのが、この格差社会が広がっているという認識において重要な事象だと私は思う。

言うまでも無く、近年、シロガネーゼやヒルズ族、セレブという形でテレビなどのマスメディアで金持ちの登場が増えた。そこには成金という蔑みも無ければ、土光という偉人も存在しない。結果、無制限にまさに一般のイメージとしての金持ちがメディアに登場するようになった。

って、言い方が悪いな。わかりにくいし。
例えれば、10人の金持ちがいれば、今まで社会風潮などで出るのをはばかってテレビなど1人くらいしかでていなかったのが、7人は出てくるようになったと考えればどうだろう。

この結果、金持ちが増えたと誤認しているだけなんじゃないか?実在と認識の差。今までは、実在しても認識されてなかった。認識されてないから、社会に金持ちが存在していなかった。ところが、メディアで金持ちが登場するようになった。金持ちが存在していることが認識されるようになってきた。

さらにIT長者のように成り上がったってのもいるだろう。しかし、それは日本が一億層中流と呼ばれていたときから金持ちだった人間と比べて一体何%の人間の話なんだ?

認識の差異から、金持ちが増えたように感じた。

これが上位層が増えたように感じた錯覚。

逆に下位層が増えたように感じているのは一行で済むだろう。
景気が悪いから。

景気が悪いから、収入が落ち込んだりする。当たり前のことですね。収入が落ちるから、自分の生活が苦しくなっているのは事実かもしれないが、だからって格差が広がっているということの証明にはならんだろ。

この辺りは、メディアで行われている「あなたは格差が広がっていると思うか?」というアンケートの無意味さを表している。

そもそも、格差社会は、外交政策とか予算案とかじゃないのだから、絶対的ではなくて、相対的に考えなけばならない。相対的って事は、何かしらの基準や、比較対象が必要になる。ところが、その基準や比較対象が曖昧。
そこで「あなたは格差が広がったと思うか?」と聞かれたら、どう考えるか。
別に金持ちと呼ばれるのがどの程度のレベルなのか、或いは金持ちが増えたのかどうかすらわからない。その時、比較する身近な人間は、同じ層に属するのはほとんどだ。それらも、また自分と同じように収入が落ちている。そこでわかるのは、あくまで中間層の所得が落ちているということだけで、再三言うが、それは格差が広がっていることの証明ではないだろ?

で、格差が広がっていると知るには上位層のことを知らなきゃいけない。しかし、上位層がどうなっているかなんて知らない。私の家だって中流だ。当然、私も知らない。知る方法はメディアを通してくらいだ。そこで前半に戻る。富属層が増えたという錯覚を起こすわけだ。むろん、もっと直接的にメディアによる「格差社会になりつつある」が刷り込まれているというのもあるわけで。


だから、格差社会になりつつあるなんてのを証明するには、そんな認識ではなくて、統計なんかが必要になる。

しかし、格差が広がったということを証明できる統計はまだ無いんだ。ジニ係数?大企業と中小企業の差?そんなのは証明になりゃしない。
ジニ係数が0.5なんていうのは嘘だし、大企業と中小企業の差ってのはもう少し時期を見なければ意味が無い。だって、景気が回復しているといったって、まとめてよくなるのではなくて、ドミノ倒しのように、良い所に引きずられるように、段々と経済はよくなっていくわけだから。(逆に悪くなるのも段々ですし。)


というわけで、私は格差社会になりつつあるは嘘だと思う。
むしろ、メディアなどで格差社会だ、格差社会だと煽る結果、「がんばっても無駄だなんだ」と働く人間を無気力にさせて、本当に中間層を崩壊させてしまうのではないかと思う。

まあ、私はまだ社会に出てない、親のすねかじりですから、そういう実感がわいてないだけかもしれない。ただ私の感覚では、韓流と一緒で、どうも実体の無い、人間の認識の上に格差社会が作られている気がするわけですが。果たしてどうなのか。


注釈:ジニ係数が0.5が嘘
そもそもジニ係数を知るにはローレンツ曲線を知らないといけない。ローレンツ曲線のでき方しだいでは、数値が大きくても格差社会と呼べない。そもそも0.5って、中国の沿岸地帯と内陸地の差ですよ。そんな差がある?だから必ずしも数値の通りに不平等が存在しているとは言い切れないのを念頭に置かなければならない。
それと、OECDが発表では0.31で十二分に普通。0.5ってのは厚生労働省の発表であり、これには年金が含まれてないために年金以外は無収入の高齢者は含まれない。(確か主婦も統計の外にあったと思う。)よって、0.5は嘘。

追伸:
今回の私見は、あくまで「~と思う」です。
なぜならば、記事中でも述べたように、私自信、金持ちの収支がどういう風になっているか想像もできないから。それは格差社会が広がっていようが、同じだろうが、実は狭まっているだろうが、認識という点においては、机上の空論だから。
だから、今回の私見においては、「社会一般で言われているほど、格差社会が広がっているとは言い切れない」という方が正確かな。
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テーマ:経済 - ジャンル:政治・経済

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