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悪いのは日本のせい そんなの常識~ パッパパラリラ♪
■清算されなければならない日帝残滓  大邱日報

 日本は、理性を失った歴史歪曲や馬鹿馬鹿しい独島領有権主張、常識を逸した閣僚らの妄言などで私たちの心を苦しめてきたが、小泉首相が日本の終戦記念日であり私たちの光復節である8月15日に靖国神社を参拝したことで、韓国人たちの怒りは頂点に達した。こうした中、8月18日に親日派財産を取り戻すための汎政府機構である「親日反民族行為者財産調査委員会」が本格発足し、国民の関心と耳目を集めている。
 もうすべて分かっているように、日帝の植民地時代は一言で言って、主権の毀損・喪失に始まり国家レベルでその主体が根本的に侵害された時期にあたる。それはすなわち歴史の断絶という深刻な不幸だった。このような歴史的不幸や主権の毀損は、政治的主体だった韓民族を統治の客体へと転落させる悲劇だった。こうして韓民族は日帝植民地時代を通じて、自国の政治の自律的主体になることができず単なる植民地統治過程の他律的客体に転落させられるという傷を負ったのだ。
 このため、このような民族的悲劇をもたらしたり同調したりした「乙巳五賊」や「丁未七賊」などの親日反民族行為者とその子孫らの保有する財産に親日財産の疑いがある場合に、財産を国庫還収の優先対象に決めて職権調査に入ることが計画されている調査委員会の活動は、過去史真実糾明や日帝残滓に対する清算という次元から、遅きに失した感が無くはないものの当然であり望ましいことと評価しうる。
 しかし、反民族行為者が膺懲され、彼らの財産を還収することだけで、植民地統治期間に負わされた傷や今も残る残滓が完全に治癒・清算されるものではない。外形的な治癒や清算はなるかもしれないが、内面化された意識の傷や残滓までもが治癒・清算されるものではないからだ。
 第二次世界大戦以前、列強の植民地政策は一般に、間接統治であれ直接統治であれ、社会・経済的収奪のみを基本目的にしており、被支配民族の民族保存は当然のこととして認め、民族保存のための努力に対してはそれが直接的な独立運動でない限りは傍観的政策を採った。
 しかし日帝の植民地政策は社会・経済的収奪に止まらず、異民族を抹殺・消滅させて帝国内の従属身分層として隷属させることに重点を置いた、異民族抹殺政策を根幹とする悪辣な性格のものだった。日本の植民地政策は、「同化」という美名の下に韓民族そのものを地球上から消滅させようとするものだったのだ。
 その結果、韓民族は他律の傷を強圧的に受けるほかなく、民族意識と政治意識は極限的で極端な闘争意識と反抗意識に表出されて内面化してしまった。その結果、参加的よりも抵抗的、開放的よりも閉鎖的、進取的よりも退嬰的、肯定的よりも否定的な意識が主流になるという傷を受けることになった。こうした傷は、侵略の前に守勢に回らざるをえず、歴史の前に国家という主体さえ奪われたことで不可避的に現われた、民族的・政治的意識の姿といえよう。
 しかし、こうした闘争的・反抗的な民族的・政治的意識は、国権を回復して独立国家となり、歴史と政治の主体になった際に、抵抗的ではなく参加的、閉鎖的ではなく開放的、退嬰的ではなく進取的、否定的ではなく肯定的・創造的・発展的な市民意識に転換されなければならなかったのだが、そうはならず清算さるべき日帝残滓で少なからず残っているというのが、今日の現実である。
 今日、政治の世界や我が国の社会に蔓延している権威的な全面否定意識や反政治的無関心、黒白論理や極端主義は、日帝植民地時代に内面化された闘争的・反抗的な民族的・政治的意識の変形物として清算さるべき日帝残滓である。内面化された意識の残滓を清算することなく、外形的に人や財産に対して膺懲・還収するだけでは、国家の発展や政治の先進化を期待することはできないであろう。


たかが35年で国民性が塗り替えられてしまうなんて、朝鮮人はデリケートなんですね。その割には、既に60年というその二倍近くの年月も経ってるのに未だ変わってない。
ぶっちゃけ、朝鮮人のその精神(何でも他人のせい。今回も日帝のせい。)は中国様の属国時代に形作られたものでしょうよ。属国根性が酷くなったのがモンゴル帝国の侵攻後あたりだから、700年余りか。なら、書き換えられてもしょうがない。

■李氏朝鮮の性暴行処理  朝鮮日報

 李氏朝鮮時代は性暴行に対して今より寛大だったと誤解している人が多い。性暴行事件は「大明律」で「犯奸罪」の適用を受けたが、強姦未遂は杖100回と3千里流刑、強姦は絞首刑、近親強姦は斬首刑だった。中宗23年(1528)10月、宮人の都伯孫が寡婦を強姦した際、中宗が「常人が強姦することも正しくないのに、まして士族ではないか」と言って厳罰を指示したように、支配層には一層厳格な処身が要求された。
 和姦は男女とも杖80回だったので女性は強姦だと主張する場合が多かったが、この場合は女性の当初の意図が判断基準だった。世宗12年(1466)、正四品で護軍の申通礼が、官婢である古音徳と何回も性関係を持った。古音徳は、「初めは断って声を出して泣いた[初拒而哭]」という理由で無罪となり、申通礼だけが処罰されたのが、その一例だ。この事件のように、被害女性の身分は重要ではなかった。(中略)
 妓女の場合も同じだった。暴力がなくても女性の同意がなかったら強姦で処罰したが、被害女性が処罰を望むか否かは量刑の斟酌対象ではなかった。窃盗の途中に強姦までした場合は斬首刑であり、幼児強姦は例外なしに絞首刑や斬首刑だった。
 性犯罪に寛大な我が国の社会の誤った認識は、李氏朝鮮時代ではなく日帝時代に始まったものだ。近年頻発している子供への連続強姦事件や、クビになったMBCのセクハラ記者に対して社長が再審を要求したことは、人々の認識が日帝時代にとどまっていることを示している。日帝の遺産である現在の性犯罪認識を、李氏朝鮮時代の人たちの厳格な認識へ戻さなければならない時である。


江戸時代には金品10両以上盗むと死罪だった。現在、窃盗や強盗が多いのは、これらの犯罪に死刑が設定されてないからだ!
と、言っているようなもんですがね。いかに馬鹿馬鹿しいか。
(ちなみに現行法では、窃盗罪:10年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金 強盗罪:5年以上の懲役)

強姦のみ述べてますが、窃盗だろうが殺人だろうが、文明圏から考えれば考えられないような拷問の数々を行っていたのが李氏朝鮮だろうに。そのことに対して日本併合前に朝鮮半島を訪れた欧米人が、李氏朝鮮の拷問を「文明圏に対する挑戦だ」と前置きした後に「我々が最も恥ずべきことは、キリスト教国でもない日本が朝鮮を併合すればただちにこれらの拷問を止めさせることだろう」と述べてるのですがね。

ただ、強姦罪が刑罰として軽いというのは一理あると思いますけどね。でも、それが性犯罪意識を低めただとか、日帝のせいだとか馬鹿馬鹿しいにも程がある。

■植民地下の多様性・躍動性にも目を向けるべき  朝鮮日報

 【新刊】 シン・ギウク、マイケル・ロビンソンほか著(都冕會訳)『韓国の植民地近代性』
 これまで韓国の日帝時代に対する見方は「収奪論」一色だった。日帝は朝鮮を占領した後、政治的に抑圧して経済的に搾取し、正常な近代化を阻害したというものだ。
 植民地時期はもちろん、解放(独立)後も「体験」に基づいたこの見方に疑問を唱える人はあまりいなかった。
 しかし1980年代に入って、学界の一部から「植民地近代化論」が提起された。日帝時代に朝鮮は驚くべき経済成長を成し遂げ、法的・制度的にも近代化が進んだというものだ。統計的な論証に基づくこの主張は韓国人には感情的に受け入れがたいものの、「学問的に」反論することは容易ではない。
 両者は互いに譲らないまま対立し、今日に至っている。
 こうした中、1990年代後半に米国の韓国研究者を中心に両者の矛盾点を突き、これを乗り越えようとする第3の見解が現れた。
 米国・韓国・オーストラリアの韓国研究の専門家が書いた13編の論文を収めた本書はその成果の一つで、1999年に米ハーバード大学出版部で刊行されて以来、大きな関心を集めてきた。
 この本の基本的な立場は編集者による序文に明示されている。ここではまず、これまで歴史学を支配してきた民族主義的な視点が植民地支配下の多様性や躍動性を見逃してきたことを指摘している。
 それと同時に、民族主義と植民主義との対決という視点だけでなく、近代性を獲得するヘゲモニーをめぐる競争という視点で眺めることを双方の立場に要求している。そしてこの過程で浮かび上がる独特の近代性を「植民地近代性」と呼んでいる。
 こうした問題意識はそれぞれの論文を読めば、よりいっそう明らかになる。
 例えば日帝が1927年に同化の手段として始めたラジオ放送は商業的な理由で朝鮮語放送を強化せざるを得なくなり、その結果として植民地・朝鮮の近代大衆文化を創造する反作用を生んだ。
 また従来、日帝が農業生産力を高めて収奪の効率化を図る目的で推進したとされてきた1930年代の農村振興運動についても「植民地組合主義」という新しい観点を提起している。例えば農村に影響力を行使し農民を動員しようとする日帝の意図と別に、農民の相互扶助と集団農業を通じて農村改革を行おうとした天道教・キリスト教の農本主義者もこの運動に積極的に参加し、農村の生活環境向上に一定の成果をもたらしたという。
 一方、「民族」という枠組みの中で無視されてきた個々の現象に光をあてている。1927年に新幹会の姉妹組織として結成された槿友会は、民族全体の利益を前面に掲げたため、女性解放理論については表だった役割を果たすことができなかった。
 このような主張は、植民地下の朝鮮の姿が、これまでの単純な論理では説明できないはるかに複雑なものだったことを実感させてくれる。
 この意味で、多元主義的、帰納的、客観的な歴史記述を強調するハーバード大のカーター・J・エッカート教授の主張(「後記」)は説得力がある。
 だが訳者(大田大教授・韓国史)も指摘するように、同書は「民族主義」に対する批判が強い反面、「植民主義」の制約に対する認識は非常に弱いものとなっている。また日帝支配以前の韓国による「近代化」への努力についての理解が不足しているように見受けられる。
 結局、植民地以前と以後を含む韓国の近現代史全体の「近代化」過程における「植民地近代化」の正当な評価は、今後の課題となりそうだ。


パッと見、まともそうに見えますが、要点をつかむと、
「日帝は朝鮮半島のためにやったわけじゃないけど、結果として朝鮮半島のためになった」という、捻くれた結論を出したということ。
似たようなのを例に挙げると、
「教育制度は、国家が国民をコントロールしやすいように立ち上げた制度で、決して国民のためという善意による物ではない!」と言ってたアナキストに近い。

なんでも悪意的に取るわけだ。 そろそろ韓国内でも近代化論に押されて搾取論が限界に来ているので(そりゃ、妄想に対して資料有りじゃ勝てるに決まってる)、これからこの手の「日帝の功績認めるけど、決して朝鮮のためにやったわけじゃない」というような意見が主流になると私は思います。
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テーマ:日本と韓国 - ジャンル:政治・経済

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