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仔猫を殺し作家のコラムの感想
仔猫殺しの小説家のコラムがネットをお騒がせしているようで、私もコラムを読んでみましたが、まあ、感想は大方、他と同じ。
で、そのまま書いたら、他と同じ物を書くことになって芸が無いので、人と違った観点から批難を。
(で、コラムの原文の方はあちこちのサイトやブログに載っているので割愛。)


この女性作家の論法は、1.動物を飼うエゴ 2.動物を避妊するエゴ 3.仔猫を殺すエゴを、人間のエゴとして同列に並べて、ならば私は「仔猫を殺すエゴ」を貫徹して"死と向き合う"と述べている。

ここで、重要なのは上記3つのエゴは同等なのか?或いは同列に並べて良いのか?という点。
本来、次元が違う物を同列に並べて比較する行為は「詭弁の典型」。さらに、自分にとって都合の悪い時は同等において差異を無くし、自分に都合の良いことは差異を際立たせてアピールするのはこの手の詭弁の有効な使い方。まさにそれが今回のコラムには使われている。

つまり、当てはめれば、自身の「仔猫殺し」を、一般的な「動物を飼う行為」や「避妊手術をする行為」に対して「人間のエゴ」として同列におき、自分の行為は他の人と根底は同じことだと、つまり同等だと説く。その上で、避妊手術は「生を阻害している」とけなし、自分の仔猫殺しは「死に向き合う行為だ」とアピールしているわけだ。このオバサンは。

確かに人間のエゴかもしれませんよ。でも、それは同等に置いて良いとは限らない。子供がオモチャを欲しがる事と、殺人鬼が獲物を欲しがる事を、「どちらも同じ人間の欲」だなんて同等に置けないように。あくまで、比べるべきはその行為の妥当性。子供がオモチャを欲しがる行為は問題ないが、人を殺す行為は問題なように。

ネタがわかれば後は単純。「動物を飼う行為」と「仔猫を殺す行為」を等価にしようとしていたというだけなんですから。言うに及ばず、この2つは等価にはできない。なぜなら、仔猫を殺す行為は、動物を買う行為の結果として出てきた問題を解決する飼い主としての責任だからだ。

さて、私は、避妊手術と仔猫を殺すことは等価だと思ってる。あくまで飼い主の責任という観点からなら。
だから、「自分の飼い猫に避妊手術なんて可哀想でできない!! だから、結果として生まれてきた仔猫は自分の手で殺して責任を取る。」というのであれば、それは結構なことだと思う。勝手にやればよろしい。

しかし、それをわざわざ全国紙のコラムに「避妊手術は生を奪う行為だ」と言い、対して、自身の仔猫殺しは「死に向き合う行為だ」と、ご高説を垂れる。それが解せない。本当に死に向き合ってんのかよ。

この女性作家のやってることは、数年前に「人を殺す経験がしたかった」と言って、自分と関係の無い中年女性の家に押し入って殺したバカと一緒。確かあの時もこのバカは、「大人になる前に死と向き合いたかった」とか言ってたし、全く一緒だ。
それでいて、この作家は、別のコラムで昨今の理不尽な殺人が多いのは死を経験しないからだとか言っているんだから恐れ入る。 むしろ、死に対して不感症なのはお前さんのほうだろ。

>こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている
と、先に免罪符を打っておいたくらいだから、どうせ、この作家に批難している人たちの主旨なんか理解できないだろうけど。
8/28:全体的に修正
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テーマ:雑記 - ジャンル:政治・経済

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