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夕闇のトゼン草
多岐な話題に雑多に個人的な意見
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主観と客観の定義
前に評論文で、本当の客観性はありえない。みたいなことを主張するやつがあった。
人間という入れ物から出ることは出来ない、どんなに客観性を持とうとしても、それは結局のところ完全に主観を排斥できるものではない。と。

これ自体は科学における客観性を念頭に置いていたが、科学における客観性とは、同じ状態なら同じ結果が出るということや、メートルや重さなどの定義をそろえることでの共通性の話だから、「的外れこの上ない」という印象だった。

しょせん、文系による哲学的な意味で、理系における定義に対して文句言うなよ。というのがこの評論文に対する正直な感想。

それで、これとは別に、日本人が何かと「客観的に物を見ろ」という言葉を使うことに関連して、「日本人は個人主義には程遠い」とか、別の意見だと「主観無き客観性とは主体思想と変わらない」みたいな結論付けをする人もいた。

まあ、一見すると確かにそれらの指摘は正しいように感じる。

ただ、「主観無き客観性」とまで言うとこれには正直、納得が出来ない。「もっと客観的に見ろ」と言う言葉に、「主観性を完全に排除しろ、自分で物を考えるなッ」という意味は含まれてない。
だけど、客観的に考えろは言い換えれば、主観的には考えるなということだし、論理的には間違ってない。何がおかしいのか。

そもそも、客観性という言葉の使い方自体が間違っていて、正しく言うなら、マクロ、大局的視野という方が正しいんじゃないかと考える。

逆に言えば、この辺りが、本当に自分の頭で考えているか、それとも単に誰かの意見(より正確にいえば、大勢を占める意見)に乗っかっているだけかの違いにもなるんじゃないかと思う。
それこそ後者ならば、「主観無き客観性」だろうし。

だから、主観と客観の実際に使われ方というのは、本当は「ミクロとマクロ」或いは「局地的と大局的」という使い方の方が妥当ではないか?

と、重箱の隅をつつくような観念的な話でした。
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