プロフィール

Eule

  • Author:Eule
  • ・小泉信者
    ・保守派?

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

月別アーカイブ

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター

夕闇のトゼン草
多岐な話題に雑多に個人的な意見
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

派遣村の問題点
前の「いまさら派遣村に関して色々と」の続きというか補足というか。

まず、先に断っておけば、前にも述べた通り派遣村にはメリットもあった。だけど、私はこれを全て台無しするくらいのデメリットがあったから派遣村は非難されてしかるべきだと考える。それを今回は述べたい。

で、その前にまずテレビでやっていた派遣村特集で出ていた男性の話をしたい。
この男性は、なんと静岡から歩いてやってきた。彼は派遣村のことを知って野宿をしながら歩いて日比谷公園まで来たそうだ。冬の寒空を満足な食事・休息無しに歩いてきたのだから、当然のこと足はボロボロ。それを待機していたボランティアの医療スタッフが無償で治療し、久しぶりの暖かい食事と合わせて男性は感謝の言葉を述べた。

まあ、少なくとも今回の派遣村を肯定的に捉える人たちは、美談だと思うだろう。例え500人中350人が派遣切りとは関係無いホームレスだったとしても(苦笑)、こういうことがあるから派遣村は重要だったと。

だけど、こんなものはむしろ派遣村の一番の問題点をよく現してる。

彼の足がボロボロになったのは誰のせいだ?
彼を切った企業のせいか?もしくは彼を見捨てた派遣会社のせいか?そもそも彼を助けない政府のせいか?あるいは彼を自業自得と非難する国民のせいか?それとも彼自身のせいか?
もちろん違う。派遣村のせいだ。

私の知る限り横浜でも炊き出しはあった。大きな都市では必ずあっただろうから、静岡県内なら静岡市や沼津市でもあったと予想する。なのに、彼はわざわざこれらを素通りして東京くんだりまでやってきた?なんで?それは派遣村しか知らなかったからだ。これが問題なんだ。

結局、派遣村のしたことは、他の炊き出しや支援活動といった物を曇らせてしまったことだ。それこそ10年以上前から続けているような物さえだ。
そもそもとして、今回、特に問題となったのは製造業での派遣だ。そしてこれらは都市部ではなく地方なんだ。実際の話、そういう工場があった地域でだって炊き出しや支援活動は行われた。しかし、これらはほとんど報じられることなく、「派遣村」のみが報じられる。そして、ここに人と金が集まる。何でも、村民1人に対し3人のボランティアが付いたそうじゃあないか。それだけの人と金が他の活動にも回されていたらどれだけ有意義なことだったか。東京のど真ん中で、ましてあからさまに厚労省を狙った場所でやる時点でなおのこと、その正当性はゆらぐ。

赤旗には美談感覚で、党事務所に「派遣村はどこですか?」なんて電話がかかってきたと載ったが、これだって端的に言えば直接関係の無い第三者を煩わせる結果を生み出したという話だ。

もっとも、これで一番に非難されるべきは、「派遣村」よりもマスコミだろう。結局のところ、「派遣村」にスポットを当てたのはマスコミだからね。と言いつつ、残念なことに主催者サイドは政治活動をするべくこれを大きく広げてしまっているからやっぱ「派遣村」の問題は追及されて然るべきか。


あと、政治活動とは関係なく、人を救うことが正しいんだと、動機関係を無視するところもあるが、そりゃ口だけの右翼と対比させれば正しいのかもしれないが、結果行為を肯定する材料にはならない。

前にも述べたように、徒然草から来ている「しない善よりする偽善」というのは、「動機の是非は行動の是非を決めない」ということであって、実際の行動の是非が問われている場合には、これは全く的外れ。当人たちが「偽善で結構」と言っていたこともあるんだろうが、これは偽善ではなくて「善意の押し売り」という言葉の方がむしろ正しい。

確か新潟の震災の時の話だったと思う。この時は各地からボランティアがやってきて、また、各地から救援物資が届いた。
しかし、何の考えもなしにやってきたボランティアが一極集中した結果、下手したらその地区の被災者より多い人数のボランティアがいたり、する仕事が無いからただいるだけというような無意味なボランティアが現われた。しかも、食事はともかく排泄はするから、ただでさえ被災地ではトイレ問題が深刻化するから、当然、問題になった。
また、各地から届いた救援物資も、企業がまとめて送った物なら良かったが、一個人が自主的に送った物は問題が多すぎた。使用済、単なるゴミの押し付けは論外だとしても、おそらく本心からの善意なんだろうなという物でさえ、それを仕分けする必要があるがために、他にもっと重要な仕事があるいにも関わらず、仕分けに人手と時間を割かれる事態となった。

偽善なら結構。気持ちの問題だからね。現実には何も及ぼさない。
しかし、実際に行動に問題があるとき、それは例え本心からの正真正銘の誠意・善意であったとしても、何の意味も無い。なまじ自分の行動原理は正しいと思っている分、むしろ性質が悪い。


全体的に見て、今回の派遣村を肯定的に見る人は、必ずと言っても良いほど、「少なくても救えた人がいた」「これが有名になることで社会に問うきっかけになれた」と言う。こんなものは偽善じゃなくて欺瞞だ。私がこの手の理想論者を嫌う一番のところだ。
端から、全員救うつもりが無く、むしろ犠牲にして少数を救うと言うなら構わないが、そうじゃない。救ってないくせに、救った(救うことになる)と思い込み、これを称える。そして一番の悲劇は、先の歩いた男性のように被害者にも関わらず自覚が無いことだ。ゆえに意識が増長する。その実態は、派遣を切った企業(派遣を切って正社員を救う)と何もかわらないくせに。

もうむしろ素晴らしいね。売春や麻薬を被害者無き犯罪と呼ぶが、そんな物は目じゃないね。実際に被害者がいるのに被害を受けた当人がむしろ感謝する。素晴らしいシステムだ。馬鹿を騙すのにこれほど打ってつけなのも無いよ。いったい怪しい新興宗教と何が違うのかわからんけど。

もちろん、彼らのような政治運動を主体とするような人たちも社会には必要なのだろう。例え彼らが国権を握ることになったら嫌でも、その意見は社会への牽制材料として十二分に機能する。でも、それは同じく自己責任論が自助努力の大切さを訴えているという点で同じこと。

まあ結局のところ、コインの裏表。どちらにもそれなりに存在意義がある。対立することを含めて。


補足:
前に散々述べたように、「派遣村」に対する非難と「派遣切りされた労働者」に対する非難は違う。また、「派遣村」に対する非難と「派遣切り労働者を救うこと」に対する非難も違う。

もし「派遣村を否定する人たち」を否定する人たちの言い分が正しいとするのであれば、派遣村を否定する人たちは、派遣村だけではなく、他の炊き出しもハローワークの延長や講堂開放などの政府の処置も非難しているはずである。でもそんな話は寡聞にして知らない。

この辺りは前に「自己責任論とは何か」で述べたとおり、論者と否定派には、深い深い乖離があるから互いに意思疎通なんかされないだろうけどね。
スポンサーサイト

テーマ:派遣労働 - ジャンル:政治・経済

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://quietmidnight.blog9.fc2.com/tb.php/534-ba1979df
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

派遣労働者を利用する労組

 「派遣労働者」が政治的闘争に利用されています。  まずは富山新聞より転電です。 引用元:富山新聞 ========================================================= 連合富山や自治労県本部などによる「あったか相談村」は二十八日、富山市奥田新町のボルファート富山... ネトウヨのブログ【2009/02/02 01:08】

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。