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いい加減、証拠も無いのに強制連行と騒ぐのやめ
■強制連行の遺産 江卸発電所撤去へ/東川町  朝日新聞
加害の歴史「後世に」 中国人88人死亡  日韓で続く 証言探し
 終戦直前に運転を始めた江卸(えおろし)発電所(上川支庁東川町)が、今月いっぱいでその歴史に幕を閉じる。戦時下、国策で進められた工事には、強制連行された多くの朝鮮人や中国人の犠牲が払われた。敗戦から60年。過去の記憶が薄れゆくなか、加害の歴史の風化を危ぶむ声も出ている。(旭川支局・中村尚徳)

 江卸発電所は建設中の忠別ダムすぐ下流にある。ダムが来年度末に完成すれば、発電の取水ができなくなるため、撤去して上流部に新設することになった。
 40年に着工した。町の郷土史「ふるさと東川」(94年発行)は「ほとんど手作業で正視できない強制労働だった」と記す。42年末完成予定だったが、資材不足と予想以上の難工事で工期が遅れ、45年8月5日から部分運転を始めた。
 発電所建設に伴う遊水池整備工事では中国人約300人が作業にあたり、連行途中も含め88人が亡くなった、とある。だが、朝鮮人に関する記録は、ほとんど残っていない。
 郷土史の編集にあたった元教員の尾池隆男さん(77)は、当時を知る地元の人から導水路工事などで朝鮮人が酷使されたとの証言を得たが、「裏付ける資料が見つからず書けなかった」という。
 資料がない理由について「焼いたのか散逸したのか。『古傷』に触れられたくなかったからでしょう」とみる。また「植民地下で同化政策を受けていた朝鮮人と、敵国の中国人との違いかもしれない」とも指摘した。
 資料や証言が少ない中、99年8月にソウル在住の鄭皙仁(チョンソギン)さん(79)が、江卸発電所工事での体験をまとめた「当事者が書いた強制連行―北海道・闇に消えた11人」(彩流社)を出版した。
 42年5月に連れてこられた鄭さんは、強制労働の実態を次のように生々しくつづった。
 《午前5時から15時間労働/食事は立ったまま、塩汁に燕麦(えんばく)(馬の飼料などに使う)/収容小屋に夜は不寝番/朝鮮人同士が脱走や抵抗の動きを密告/事故死者はセメント樽(だる)に入れ、土捨て場に/抵抗したら竹棒で殴り、気絶すると水をかけ、蘇生後にまた殴る/布団の縫い針を仕込んだ棒で追い回す》
 「札幌郷土を掘る会」の渡辺一徳さん(45)が、96年に別の聞き取り調査でソウルを訪れ、鄭さんと知り合ったのが出版のきっかけだった。
 鄭さんは韓国語で出版した後、「日本の人たちにも知って欲しい」と、自ら日本語で書き直した。渡辺さんは10回近くソウルに行き、つじつまの合わない部分を直すなどして、2年がかりで出版にこぎつけた。
 渡辺さんによると、今、鄭さんは病床にある。江卸発電所が消えることを伝えると、「記憶が一つ一つ消されていく危機感を感じる」と話したという。
 渡辺さんは、さらに史実を掘り起こそうと、東川町や韓国で証言を探し続けている。今年8月には、韓国政府が設けた「日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会」に対し、江卸問題も調査に含めるよう申請した。
 渡辺さんは訴える。「風化させてはならない。史実を後世に残すことが問われている」

普通に何も知らない人でも、
>当時を知る地元の人から導水路工事などで朝鮮人が酷使されたとの証言を得たが、「裏付ける資料が見つからず書けなかった」という。
>資料がない理由について「焼いたのか散逸したのか。『古傷』に触れられたくなかったからでしょう」とみる。
>渡辺さんは10回近くソウルに行き、つじつまの合わない部分を直すなどして

は?

単に事実として無かっただけでは? そもそも、証拠があるから結論を出すのであって、結論有りきで証拠を探すなと。

また、
>42年5月に連れてこられた鄭さん
強制連行は(徴用令のことだが)朝鮮半島に適用されたのは44年。つまり強制連行じゃない。( ´-ω-)y‐~~
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テーマ:中朝韓ニュース - ジャンル:ニュース

この記事に対するコメント
もっと勉強しなさい。
私は上記の記事のある町東川町に住む者です。
あなたのような少し教養の足りない人を相手にはしたくないのですが、少々反論をば。
あなたは『国民徴用令』以前の強制連行はなかったと、どうして結論付けているのですか? 私は町の古老たち、また実際に江卸発電所建設のタコ部屋で過酷な労働を強いられた『生き証人』とも会って証言を聞いていますし、事実だと言い切れます。机上の上でのあなたの無責任な発言は、とても無責任で見過ごすことはできません。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
戦中の労働力不足を補うための朝鮮人の連行は3段階に区分されます。
①昭和14年「朝鮮人労働者募集要綱」による「募集」形式によるもの
②昭和17年「鮮人内地移入斡旋要綱」による「斡旋」形式によるもの
③昭和19年「国民徴用令」の朝鮮への適用拡大による「徴用」形式によるものであるが これら以前にも明治43年の「日韓併合」後 日本の植民地政策によって土地や職を奪われた多数の朝鮮人が表面的には“自発的”に来日しているが 本質的には強制的なものであろうと述べているものもある。
【2007/11/20 01:51】 URL | 名のるまでもないでしょう。 #- [ 編集]

2年も前の記事に何とまぁ
はいはい"本質的"な強制連行、強制連行。はいはい広義の強制、強制。
満州へ渡った人も、ブラジルに移住した人もみんな強制連行。野麦峠の女工も強制連行。

第一、強制連行されたと答えた人たちは、土地を奪われたからしょうがなく日本に来たなんて言ってません。「夜中に突然トラックに載せられて、軍の船に乗っけられて」と証言してます。良いんですか?勝手なこと言って、証言者を信じなくて?(苦笑)

それと、私の地元にも似たような話はありましたね、古老が言うには日本人と共に同じ釜の飯食ったらしいですが。例えば炭鉱なんか調べてみると面白いですが、劣悪な環境下で働いていたのは日本人も同じなんですよ。

強制連行、強制労働という言葉を使って良いのは、せいぜい中国人や欧米などの戦争捕虜くらいです。
【2007/11/22 09:15】 URL | EULE@管理人 #lEPD.dko [ 編集]


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