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夕闇のトゼン草
多岐な話題に雑多に個人的な意見
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突然、高いところから「世界はあなたのような人間と求めてない」と言われましても・・・
なんか大人という方から「くだらない」というコメントを頂いちゃったんですよ。

カラスに「黒い」って言ってるようなもんです。( ´-ω-)y‐~


「あなたの目的はなに?」「人に何か訴えたい、説得させたいなら~」「世界はあなたような人間を求めてない」なんて、言われても私はこのブログを使って人々を啓蒙しようなんて大それたこと考えちゃいませんし・・・ そんなこと言ったことあったかな? (´ヘ`;)う~ん・・・
(別に人を啓蒙しようとしてブログをやってる人たちを否定しているわけじゃありませんよ。)

しかも、あなたの目的は何?と聞かれちゃったらこのテンプレ出すしか無いじゃないか。
目的? 「目的のためなら手段を選ぶな」
君主論(マキャベリ)の初歩だそうだがそんなことは知らないね
いいかなお嬢さん(フロイライン)貴方はかりにも一反撃勢力の指揮者ならば知っておくべきだ
世の中には手段の為ならば目的を選ばないという様な どうしようもない連中も確実に存在するのだ
つまりはとどのつまりは 我々のような


さて、ここからは私個人の勝手な価値観のお話に移りますが、
今回のこの方は、まず私の目的が「人に何かを訴えたい」と勘違いしていることと、ゆえに「価値は無い」と言っていたんですが、それに関連して個人的にブログと言う物に関してつらつらとね。
言論というと、また範囲が広がるのでブログに限定しますが、本人の目的と文章の価値というのは全く別物ですよ。
目的は本人が定めるものですが、価値は読む側が決める物だと私は考えてますから。

どういうことかといえば、
いかに人を啓蒙しようという崇高な(笑)目的の下にやっていようとそれを読む側がその文章に価値が無いと判断すればそれに価値は無く、
単に自分の日常のくらだないことをただつづっただけの文章でも読み手が面白いと感じれば価値が存在する。

まあ、ちょっと脱線するけど、自分の文章に価値を持たせたい、つまりは読み手が面白いと感じるようにするには才能の多寡もあるだろうけど、それよりも前の大前提としてやっぱり読んでくれる人のことを考えることが必要だろーねー。まあ、目的どうのこうのに限らず読む人のことを考えて文章を書くべきだと言うのは言うまでも無いことなんですけどね。
他でもない自分自身は一応、気をつけてるつもりだけど、やっぱ改めて読み返えすと自分勝手な文章ばっかだし。そんな私が自分のことを棚にあげて言いたいのは、特に人を啓蒙したいと言うような目的を持ってるような人は読み手のことを考えて文章を書かなければならない。

しかし、ここに人間的な矛盾があって、人を啓蒙しようとしているような人に限って、いやそういう人だからこそ、他人のこと考えないで自己陶酔しているような分かりづらい悪文を書くんですよねー ( ̄∀ ̄*)
(ブログに限らず、新聞やら国語の教科書や試験に出てくる評論文にもたまにありますけどね。)
まあ、そこまでいかなくても他人の意見を省みないと言う点においてあからさまなダブルスタンダードが多い。
この辺も「目的が文章の価値を決定する。ゆえに目的が正しければ文章に矛盾があろうと問題は無い。」って言うようなのを感じさせますけどね。( ´-ω-)y‐~

まあ、そんな中にもごくまれに自分のことしか考えていないんだけど、他人が読んでも面白い。っていう文才に恵まれた人がいますけど。(正直、そういう人が羨ましいなぁ)


じゃあ、「俺は初めから人に読んでもらうのは目的じゃない」から、「人に読んでもらうこと前提に書いてなくてもいい」かっていうと、それこそ「今から文房具屋に行ってジャポニカ学習帳の日記帳辺りでも買って書いてろ」の話になる。
公開している以上は誰かが読むことを前提に書かなければならない。 と言うよりも、公開している時点で人に読んでもらいたいという表れなんだと思うが。それが、意識下であれ無意識下であれ。
そんな啓蒙するつもりが無くて人に読んでもらいたいってのは、同じ意見や価値観を持つ人を集めるためだとか、意見の交換や時に論戦して自分の考えを昇華させていくみたいなオーソドックスなところだろうね。その辺は自分でもよくわからないけど。

まあ、同じ意見の人を集めたいのが目的というなら「見たくないなら見なければ良いだけだ」は確かに正しいかもしれない。
しかし、同時に公開している時点で、そこを訪れる人間の目的とブログ主の目的が一緒だとは限らないこともまた理解しなけばならないってことで。

まあ、何にしても忘れちゃならないのはブログの本質は個人の日記帳でありチラシの裏。時にはそのチラシの裏に素晴らしい物が埋もれてることもあるんでしょうが、大多数はチラシの裏。それだけは認識してないとダメだと思います。

まあ、通常のブログの範疇を越えちゃってると呼べるようなところもありますけどね。
一番良い例は、米国で米国政府の記者会見場まで行ったブログの管理人とか。
逆にコメントもトラックバックも受け付けないブログとは名ばかりの単なる公開日記のアホな所もありますが。(´・ω・`)


さていつものように、長くてよくわからないような悪文を書いてしまったので、超簡単にまとめると、
・本人の目的と文章の価値は別
・本人の目的と読み手の目的は一緒だとは限らない
・公開している以上は、誰かが読むことを考えて書くべき
・公開しているからといって、読み手を啓蒙するのが目的とは限らない
・ブログの本質はチラシの裏

さてこんなことを書くと「私は人々を啓蒙するつもりは無いが、私の文章には価値があるんだ」と思ってるように取られるかも知れませんが、そんなつもりはないのであしからず。

今回は、的外れな啓蒙主義者さん(?)が来たので書いてみましたが、こういうのってどうなんだろう?
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